パレスチナの平和を考える会

毎日新聞の記事についての質問と担当記者からの回答

経緯

毎日新聞 2006年3月6日夕刊に、「イスラエル:西岸も一方的撤退 有利な国境線画定を計画」という記事が掲載されました。その中に「西岸の入植者計約24万人」という箇所(実際は40万人以上)と「イスラエルは現在、第3次中東戦争(67年)の占領地と自国の境界線にほぼ沿う形で分離壁を建設中」という箇所(実際は境界線にほぼ沿う形などではなく西岸に大きく食いこんでいる)がありました。しかしそれらは、イスラエル政府の思惑と宣伝を追認しているだけで、事実ではないことから、以下のような質問を毎日新聞社に対して送り、記事を執筆した樋口直樹記者より回答を受け取りました。

【該当記事】
イスラエル:西岸も一方的撤退 有利な国境線画定を計画
毎日新聞 2006年3月6日夕刊

イスラエル:西岸も一方的撤退 有利な国境線画定を計画

【エルサレム樋口直樹】
今月28日のイスラエル総選挙で第1党になると予想されている与党の中道系新党カディマが、昨年夏のガザ地区撤退に続き、占領地ヨルダン川西岸からも一方的に撤退し、新たにイスラエル側にとって有利な国境の線引きをする計画を立てていることが5日、明らかになった。カディマの有力候補で国内治安機関シャバクの前長官デヒテル氏がイスラエル放送などで語った。

 先のパレスチナ評議会選挙で対イスラエル最強硬派のイスラム原理主義組織ハマスが大勝したことを受け、カディマを率いるオルメルト首相代行はハマス主導の自治政府との交渉を拒否し、占領地からの一方的な撤退で有利な国境線の画定を急ぐ方針とみられる。

 デヒテル氏によると、オルメルト首相代行は新政府発足後、直ちに西岸からの追加撤退に着手し、約4年間で西岸に点在するユダヤ人入植地を順次撤去する方針。しかし、西岸の入植者計約24万人のうち約9万人が集中する3カ所の大規模入植地群を温存し、中小規模の入植地の住民を吸収する計画という。

 イスラエルは現在、第3次中東戦争(67年)の占領地と自国の境界線にほぼ沿う形で分離壁を建設中。大規模入植地群をイスラエル領側へ取り込むようにルート設定していることから、パレスチナ側は非難している。

 イスラエルは昨年夏にガザ地区の全入植地を撤去し、軍部隊もすべて撤退した。だが、デヒテル氏は西岸からの追加撤退については「民間(入植地)のみで、軍部隊は撤退しない」と述べ、今後も軍部隊が治安維持にあたる考えを示した。

 シャロン首相(脳卒中で入院中)は故アラファト前自治政府議長との交渉を拒否し、一方的なガザ撤退を実行。オルメルト首相代行もまた、ハマスに組閣要請したアッバス自治政府議長への非難を強めている。

オリジナル:イスラエル:西岸も一方的撤退 有利な国境線画定を計画
(しばらくすると、オリジナルのページは削除されると思います)

質問

毎日新聞社 御中
同社記者 樋口直樹 様

本日(3月6日)夕刊の記事「イスラエル:西岸も一方的撤退 有利な国境線画定を計画」についてお伺いしたいことがあります。

1)記事中には「西岸の入植者計約24万人」との表現がありますが、この数字には「東エルサレム」の入植地の入植者数が差し引かれています。この表現は、「東エルサレムを含む西岸」が占領地だとする国際法上の認識からすれば、イスラエル政府の見解に著しく偏ったものです。

東エルサレムには約20万人(※)の入植者が集中しており、イスラエルがこの地域の入植地の拡大とそのための「壁」の建設をこの間、継続しており、パレスチナ人が重大な被害を被っていることは、ご存じのことと思います。

記事のなかでそのことに言及せず、東エルサレムの入植者の人数が西岸の入植者数から差し引かれている(あるいは併記されていない)ことは、イスラエル政府が、東エルサレムを国際法に反して併合し(例えば、国連安保理決議252号(1968)を参考のこと)、さらに一方的に市域を東に拡張することでパレスチナ人の土地を奪っているという既成事実を追認することになります。

すなわち、(今も拡張されつつある)東エルサレムは、西岸の一部ではなく、イスラエルの領土の一部であり、そこに建設されたユダヤ人入植地は、国際法(例えば、ジュネーブ第4条約[1949]49条)違反の「入植地」ではなく、単なる住宅に過ぎない、というイスラエル政府の見解を御社が認めていることになる、ということです。

このことについて、御社のご意見をお聞かせください。

※参考サイト:
パレスチナモニター
http://www.palestinemonitor.org/nueva_web/facts_sheets/settlements.htm

中東平和財団
http://fmep.org/settlement_info/stats_data/east_jerusalem_settlements.html

2)記事中には、「イスラエルは現在、第3次中東戦争(67年)の占領地と自国の境界線にほぼ沿う形で分離壁を建設中」との表現がありますが、実際の「壁」の経路は、境界線にほぼ沿う形などではまったくありません。「壁」は西岸の内部に深く食い込んでおり、そのため、西岸のパレスチナ人の約1割は「壁」の「外側」に切り離され、さらに約1割以上の人々が「壁」によって農地を奪われることになります(※)。

国連総会決議(03年10月21日)および国際司法裁判所の勧告(04年7月9日)において、「壁」の非人道性、違法性ゆえにその建設の中止が求められているのは、何よりもまず、東エルサレムを含めた西岸に住むパレスチナ人の生活空間を大きく切り裂くかたちで「壁」が建設されているからに他なりません。

したがって、上記の「境界線にほぼ沿う形で」との表現はまったく不適切なものだと私は考えます。

この点について、御社のご意見をお聞かせください。

※参考サイト:
反アパルトヘイトウォール・キャンペーン
http://stopthewall.org/maps/860.shtml
国連人道問題調整局
http://www.humanitarianinfo.org/opt/

以上、2点、よろしくお願い致します。

2006年3月6日
パレスチナの平和を考える会 役重善洋

樋口直樹記者からの回答

質問に対して、樋口記者から回答をいただきました。

内容的にはまったく不十分な回答だと思いますが、「西岸の入植者数の表記について今後は、東エルサレムも含めた人数で表記したい」ということが限定的ではあるものの、示されていること、そのことを部内に通知することが言明されていることの2点については、評価できることだと思います。

それに引き換え、「境界線にほぼ沿う形で分離壁を建設中」については「ゼロ回答」でした。

以下、回答メールの全文です。その下に、この回答を受けて当方が樋口記者に送った返事を掲載しています。

Subject: ご回答
Date: Wed, 8 Mar 2006 19:40:29 +0900

毎日新聞をご愛読下さり、誠にありがとうございます。ご丁寧なメールを頂戴したことを重ねて御礼申し上げます。

 3月6日付夕刊の記事「イスラエル 西岸も一方的撤退 有利な国境線画定を計画」に関するご質問にお答えします。

1)「西岸の入植者計約24万人」との表記について

 この人数には東エルサレムに住むユダヤ人約18万人は含まれていません。しかし、これは「東エルサレムが占領地ではない」との意味ではありません。東エルサレムはイスラエル占領下にあると認識しています。
 私はこれまでの記事で便宜上、「東エルサレム」と「ヨルダン川西岸」を個々に分けて表記してきました。イスラエルが併合を宣言している「東エルサレム」には、その他の「西岸」とは異なる特殊事情があるためです。しかし、それぞれの地名を挙げる際にはこれまで、いずれも占領地であることを明記してきました。
 ただ、占領地全域のユダヤ人人口を表現するには、“東エルサレムを含む”ヨルダン川西岸には40万人以上のユダヤ人が住んでいる、などと記述した方が妥当だと思います。今後、必要に応じ留意したいと思います。

2)「境界線にほぼ沿う形で分離壁を建設中」との表記について

 分離壁の建設ルートが67年ラインの内側に敷かれ、場所によっては占領地を深くえぐりとるように設定されていることは承知しています。ただ、イスラエル・パレスチナの地理にあまり詳しくない読者に対し、大まかな位置を簡潔に伝えるためにこのような表記を使っています。
 分離壁そのものに焦点を当てたこれまでの記事では、67年ラインと分離壁ルートの違いや、壁によって社会生活を分断された地元パレスチナ人住民の苦難などを詳細に伝えています。ただ、限られた紙面の中で、かつ、分離壁自体に焦点を当てていない記事の場合には、上記の表記が不適切だとは私は考えません。

 なお、社としての見解は社説に集約されています。今回は私の署名記事に関するご質問でしたので、1記者として私の考え方をお伝えしました。ご理解下さい。

 今後もご指導ご鞭撻を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

2006年3月8日
樋口直樹

回答への返信

Subject: RE: ご回答
Date: Sun, 19 Mar 2006 18:57:41 +0000

毎日新聞社 樋口様

丁寧かつ迅速な返信をありがとうございました。それに比べ、こちらの返事が大変遅れてしまい、失礼いたしました。

以下、樋口様の「回答」に対して、いくつか意見を述べさせていただきます。この内容は、これまでのやりとりとあわせて「パレスチナの平和を考える会」のホームページwww.palestine-forum.orgに掲載させていただきます。

もし、樋口様から再度返信をいただける場合、基本的には、前回同様、公開(ホームページに掲載)したいと思いますので、転載不可の場合はその旨を、あるいはどの部分までが転載可なのかを明示していただければ幸いです。

私は、今回の記事について、他の新聞、他のパレスチナ関連記事にくらべ、特に問題がある、と考えたのではなく、むしろ、他紙も含めての典型的なパターンの問題表現があると考え、それゆえに抗議する意味があると思ってメールを出させてもらいました。その点、ご理解頂ければと思います。

まず、「西岸の入植者計約24万人」との表記についての質問に対し、「占領地全域のユダヤ人人口を表現するには、“東エルサレムを含む”ヨルダン川西岸には40 万人以上のユダヤ人が住んでいる、などと記述した方が妥当だと思います」「東エルサレムを含むヨルダン川西岸全体のユダヤ人人口の表記については、上記の考え方を部内にも通知するつもりです」と回答していただきました。この回答については、非常に心強く思った次第です。

入植地の拡大や「壁」の建設によって東エルサレム併合の既成事実化が急速に進められているなか、毎日新聞が率先して上記のような的確な表記を徹底していくことは、他紙に対しても良い影響を与えるのではないかと期待しています。

次に、「境界線にほぼ沿う形で分離壁を建設中」との表記についての質問に対してですが、樋口様からの回答では、「限られた紙面の中で、かつ、分離壁自体に焦点を当てていない記事の場合には、上記の表記が不適切だとは私は考えません。」とのことでした。

確かに「ほぼ」の意味合いをどう取るかによっては、根本的に間違っている表現ではないかもしれませんが、やはりこの表現では、一般の読者には、「ほぼ」が数メートルのずれなのか、実際の数キロ・10数キロにまで及ぶものなのかが、まったく分からず、「壁」の問題の大きさを考えれば、適切な表現とは認めがたいと考えます。例えば、「占領地内のパレスチナ人居住区を取り囲むかたちで」といった表現の方が、より公正な表現ではないかと思います。

以下は、最初の質問書には入れてなかったものですが、ここであらためて問題提起しておきたいと思います。

「有利な国境線の確定」という表現にも問題があるように思います。国境というのは、一方の当事国が勝手に確定できるものではありません。パレスチナ側が認めるはずのない、また、国際法上も有効とは言い難い「国境線」について括弧も付けずに「確定を計画」「確定を急ぐ」といった表現を用いるのはやはり政治的なバイアスがかかっていると言わざるを得ません。例えば「国境線の確定を一方的に宣言」、あるいは「国境線確定というかたちで、東エルサレムに引き続き西岸の土地のさらなる併合を宣言」といった表現の方がより公正だと思います。元の記事のままでは、イスラエル側の用いている表現をそのまま受け売りしているとの批判を免れ得ないのではないかと思います。

最後に、毎日新聞をはじめ、多くのメディアでは「分離壁」との表現が標準的に用いられていますが、より的確な表現は、「隔離壁」だと私達は考えています。なぜなら、イスラエルが現在建設している「壁」は、対等な二国家/民族をグリーンラインに沿って対称的に分離するものではなく、パレスチナ人を南アフリカにあったような「バンツースタン」に押し込めるかたちで、隔離しようとするものだからです。

以上、現在のパレスチナ情勢を考えるとなかなか返事を書く時間を取ることが難しいかとは思いますが、もし、樋口様のご意見をお聞かせ頂ければ幸いです。

2006年3月19日
パレスチナの平和を考える会 役重善洋


2006年4月5日現在、上記の再質問に対しては、まだお返事をいただいていません。

パレスチナの平和を考える会