前へ                 INDEX                 NEXT 

こう着状態       2001年12月6日(木)


12月6日、ガザの状況は比較的穏やかだ。しかし、昨晩の夜中の12時頃、私たちは機関銃の銃撃音を聞きました。住民は庭や窓の方に行って、機関銃がどこから発砲されているのか知ろうとした。銃弾による赤く光る点線が夜空を横切るのを、ときどき見ることができた。

12月6日の翌朝、パレスチナ警察隊がハマスの精神的指導者、シェイフ・ヤシンを逮捕しようとしているとのニュースが明らかになった。

パレスチナ自治政府の警察はシェイフ・ヤシンの支持者の抵抗に直面した。その夜の闇の静けさを銃撃音が破ると、何千人もの人々がハマスの支持者の住居に向かいだした。ここガザ地区の多くの人々はシェイフをイスラエルの占領に対する民族的抵抗の象徴とみなしており、彼らはその支持の意思表示をしたのだ。

警察は指導者の家に向かって1インチ近づくこともできず、ヤシン氏の家を取り囲む何千人もの地元の人々を眺めていた。実際に、シェイフの支持者が近づいてきた警察の指揮官達に機関銃を発砲し、3人の警察官が負傷した。一人のハマスの支持者が殺された。ハマスの指導者は今のところ自宅軟禁されているが、警察の指揮官(police officers)は家に近づけないでいる。

12月6日の日中、ガザ市は比較的平穏だった。というのも、多くの、様々な政党の政治指導者が、彼らの中での内紛を防ぐために集まったからだ。ガザと西岸で、今のところ支配的な雰囲気は、パレスチナ人の間でのいかなる可能な分裂も防ぐというものだ。なぜなら、それは、イスラエルとシャロンを利するだけだからだ。

これから数日間は、この地域全体にとって非常に困難なときになる。 このことについて、パレスチナ人は、アメリカ−イスラエルの要求と、パレスチナ民衆の完全な自由と国家を取り戻そうとする意思との間の圧力の問題だと考えている。アラファトは非常に微妙な位置にいる。

ガザから。
2001年12月6日

B.サーメド


→英語原文



後ろの方に見える軍駐屯所の監視の下、パレスチナ人が唯一利用できる分離された道路。
ガザとハンユニスの間にて

イスラエル軍はガザ地区の幹線道路の一部を、ユダヤ人入植者用とパレスチナ人用とに分離するため、この壁を建設した。街灯が入植者側にだけあることに注意。

歴史を持たない国は幸福だ。

パレスチナ人の若者に服を脱ぐよう命令するイスラエル兵
ガザ、12月5日






  前へ                 INDEX                 NEXT