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封鎖の強化と人命の損失      2002年2月6日(水)


最近、イスラエル軍当局は、物資の移送や人の移動を封鎖する措置を強化し、場合によっては西岸と同様に村全体を隔離するという決定を下した。

人々の中には、兵士に狙撃される可能性を承知で、田舎道を迂回して通るという危険な選択をする人もいる。皆それぞれに危険を冒さなければならない理由がある。保健局によると、8台の救急車並びにその患者が、大きな都市の病院に行くの[検問所で]を拒まれている。検問所で待たされている間に妊婦が赤ん坊を出産してしまったという話も2、3件ある。そのうち、一人の女性は亡くなってしまった。

封鎖の状況は西岸の方が絶望的だ。村や小さな町に住む人々は、毎日近くの街に働きに行かなければならない。なのに、完全に封鎖されてしまった村もある。多くの人々が侮辱やいやがらせを受ける危険に日々接している。逮捕される若者もいる。たとえば、今ではよくあることとなりつつあるが、ガザ地区の二つの主要都市であるガザ市とハンユニス市の間の検問所で数人の若者が止められ、近くの入植地に連行された。 そこで、兵士と入植者は数時間にわたりその若者達を袋叩きにした。このようにして懲罰を受けた後、パレスチナ人達は釈放された。

検問所ではイスラエル兵が円筒系の詰所のなかから狭い隙間を通して銃を向けている。通常、彼らは通行する車や人を狙っている。 ちょっとでも不審な素振りを見せれば、銃声が鳴る。罪のない通行人が被弾したというケースが多く報告されている。

隣町にどうしても行く必要のない人々はわざわざ町を出る労を取らないことにしている。多くの人々は一年以上、自分の町から外に出ていない。彼らは、そうしているのが安全で、危険な検問所をあえて通る理由はないと言う。

西岸のヘブロンやナブルスのような町の場合、他の地域から完全に隔離されてしまうことが何度となくある。イスラエルの軍当局はいつも治安管理上の理由にかこつけて正当化する。しかし、多くのパレスチナ人は、これがパレスチナ人に対するイスラエルの集団懲罰政策だと思っている。

パレスチナ人の経済を破綻させようとする試みによって、物流もまた影響を被っている。ヘブロンには有名な日常用品のパレスチナ人のメーカーがある。アル・ジュナイディと呼ばれるこの有名な工場では、封鎖措置のために西岸の南部にあるヘブロンからのトラックによる製品移送がいつも阻まれている。パレスチナ人の製品の工場からの移送を阻止することで、イスラエル製品は被占領地で販売されるチャンスが増える。日常用品市場は一つの分かりやすい例である。
この封鎖と侮辱の毎日の繰り返しが一年以上続いている。そのことによって、アラファト議長その人を含めた、パレスチナ社会すべての構成員にわたって多大なフラストレーションに晒されている。

ガザ地区は地球上で最大の監獄だと言われている。130万人の人々が電流の流れたフェンスに囲まれた小さな地域に閉じこめられ、兵士や入植者によって道々嫌がらせや侮辱を受けている。

2002年2月6日、ガザ市

B.サーメド


→英語原文












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