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血の水曜日、多くの命が悲劇的に奪われる
2004年2月11日(日)



ガザ市:今日、ガザの街は悲しみに満ちている。2月11日の水曜日、 イスラエル軍の戦車やヘリコプターで15人のパレスチナ人が殺さ れ、53人以上が負傷した。負傷者のうち、10人は危篤状態 だ。 早朝、突然、何十台もの戦車が、数機の戦闘ヘリとともに、 ガザ市東部のシュジャイヤ地区を攻撃した。主な作戦攻撃や銃 撃はバグダッド通りと呼ばれている大通りで起きた。

 戦闘は朝の4時半頃から午後2時頃まで続いた。救急車が 頻繁に、時を争って負傷者や死者を病院に運び続けた。愛す る人の安否を知ろうと、親戚や友人達がシファ病院に駆けつけ た。3時間以上に渡って、病院の緊急医療室とその医療チーム は可能な限り多くの命を救おうと休みなく働き続けた。ストレッチ ャーに乗せられ、救急車で急いで運ばれてきた老人や少年達が 見かけられた。負傷者数の多さは尋常でなく、2、3人の病院職 員が緊急医療室の外で人々に献血を呼びかけていた。早速、 何十人もの若い男達がその職員の呼びかけに応じて献血をしに 病院の採血室に向かった。

 バグダッド通りにもどると、ちょうど通りの東端から、重機関銃の 銃撃音に混じって時折砲撃音が聞こえてきた。イスラエルの戦車 が民家や人々に向けて文字通り砲撃しているところだった。人々 は歩道に身を伏せて身を守ろうとしていた。モハンマド・ヒリスという 高校生が通学用カバンの横で倒れて死んでいるのが見つかった。 他の10代の子ども達は、道の真ん中で自転車から飛び降りて、 家の間の狭い路地に逃げ込んだ。負傷者や死者のほとんどは体 の上部を撃たれていた。なぜかというと、通常イスラエル兵はその 地域の最も高い建物を占拠して、その屋上に狙撃兵を配置する からである。占拠は、住民を脅して家の外に追い出してから行わ れる。午前中の出来事をずっと見てきて言えるのは、今日起きた ことが、過剰な発砲と一般市民に対する血の凍るような殺人行 為、そして大量の流血、だということだ。

 CNNやBBCは辛うじてニュース速報でこのことについて触れた。 一方、アラブのニュース報道では詳細な報告がなされた。

 その間、ラファにいるイスラエル軍は別の侵攻を行い、地元の病 院からの情報によれば、二人が殺され、17人が負傷、その内の 9人が危篤状態だという。

 ガザの基幹病院には、多くの群衆が集まった。多くの人は悲しい 顔をしており、また怒っている人もたくさんいた。泣いている人もいた。 兄弟や友人、隣人らを失ったことを知って、人気を避け一人で座っ ている者もいた。

 14才の少年がけがをした弟と一緒に救急車に乗って来た。車両 の後部ドアが開くと、少年は真っ先に飛び降りて、救急救命隊とと もに車両のなかからストレッチャーを引っ張り出した。それから彼は大 声で叫んで、緊急医療室を開けさせ、カートを押して中に入ってい こうとした。しかし、二人の医者が彼に部屋から出て外で待っている ように言った。彼は大声で泣き叫びながら、一緒にいさせてくれるよ うに頼んだ。「僕は弟と一緒にいてやりたいんだ」 。彼は弟が助から ないことが分かっていたので、最後の言葉をかけてやりたかったのだ。 目撃者によれば、死んだ少年は、救急車が到着するまでににひどく 出血していたのだという。イスラエル軍が救命隊に発砲して、少年の 救助を妨害したためだ。

 それはイスラエル軍の常套手段で、このようなことはこの2年ほどの 間に救命隊に向けて発砲したり、救急車を破壊したりするかたちで、 何度も繰り返し報告され、文書にもされている。  病院のすぐ外では、イスラム聖戦の二人の著名な指導者がメディ ア陣に向かって、ガザへの攻撃を強く非難していた。どちらの指導者 も、パレスチナ人のシャロンに対する犯罪に対して相応の報いを受け ることになるだろうと宣言した。つまり、報復攻撃がほぼ確実に起こる ということだ。

 イスラエル軍による大量殺人について、ガザの人々は心底うんざり し、そして怒りを露わにした。商店はシャッターを閉め、多くの学校は 生徒を家に帰すように言われた。通りの人々は口数が少ないように 見える。多くの人は地元のFM局にほとんど一日中釘付けになって、 次々に流れるニュース速報を聴いている。ラジオのレポーターはある ゆる場所にいるみたいだ:戦車から離れていない屋外で、戦闘中の 音を生放送し、病院では犠牲者の名前を伝える職員にインタビュー し、また、ラファでは家屋破壊をする戦車の侵攻についてレポートし、 家の所有者の名前を特定しようとしている。さらには、アパッチヘリの 最新の動きから、人々にどうすべきかをアドバイスする等々。

 以上は、今日、血の水曜日に実際に起きたことのほんの一端にすぎ ない。

2004年2月11日  B・サーメド

→英語原文



水曜日のガザへの軍事攻撃の結果、15人が殺され、53人が負傷した。その多くは危篤状態だ。
2月11日



病院に着いたばかりの負傷した若い男性
ガザ、2月11日



数時間にわたって、何十人もの負傷した市民を病院に運ぶ救命チーム


病院のなかのこの場所で、死者の身元確認をする親戚や友人達
2004年2月11日




ガザ市で2月11日(水)に殺された15歳の犠牲者


負傷者の多くは頭や胸などの上半身をやられている。


イスラム聖戦の指導者、ナフェズ・アッザーム氏はメディアに向かって、イスラエルの攻撃を強く非難し、復習を誓った。



愛する人についての悪い知らせを受けたばかりの若い男性







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