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イスラエルの軍事侵攻:テロリストを捕まえるか、さもなくば集団的懲罰
2002年2月14日(木)


ガザ地区の北端にあるベイト・ハヌンの町では、イスラエル軍のショーが繰り広げられ、人々を圧倒した。13日、金曜日、約35台の戦車が小さな町に東側から乱入し、住民に恐怖とパニックを引き起こした。重機関銃の銃声と砲撃のもと、戦車は道や家々を破壊して無理矢理押し進み、市民を恐怖に陥れた。

兵士たちは、 家々を襲撃し寝ていた家族の上に家具をひっくり返した。ブルドーザーは畑に入り込み果樹や野菜をめちゃくちゃにした。イスラエルの侵入は朝6時頃まで数時間続いた。戦車は基地に帰った。しかし、2時間すると、別の戦車部隊が再び町の中心部に入ってきた。今回はパレスチナ人の若者や子どもが300人位、戦車の侵攻にたいして石で抵抗した。戦車の頂上部に備えられた機関銃から、子どもたちをねらって発砲があった。ベイト・ハヌン出身のアムジャッド・ハマドという名の若者が、3発の銃弾を受けて殺された。近くにあるジャバリアキャンプ出身のムーサ・アブ・シンナールという名の30歳の市民もイスラエル軍によって殺された。

同じとき、同じやり方で、イスラエル軍の戦車は、ガザ地区の他の地域、主にガザ地区中央部のデイル・バラ地域に対して発砲・砲撃を行っていた。戦車はガザ地区の東側境界からこの町に侵攻し、その途中、兵士たちは徹底的かつ無差別に発砲した。その結果、3人が殺された。3人とも警察官だった。彼らは、アベド・ハサナット(30歳)、シャディ・アル・ハサナット(24歳)、ハリド・アブ・シッタ(25歳)である。また、18人が重傷を負ったと報告されている。

国際メディアはこの侵攻について簡略に触れただけである。CNNの報道は「テロリストを逮捕するための軍事作戦」だったと、ほんの数秒触れただけである。BBCの報道も対して変わらない評価と内容であった。

イスラエル政府の報道官はいつも、このような軍事侵攻はテロリストを逮捕するためには仕方がないと言う。しかし、パレスチナ人にとって、これは全く異なることで、国際社会の多くの人々がイスラエル側の議論を購読していることは大変残念なことである。ここ被占領地の人々は、これは集団懲罰という、イスラエルの公式な政策だと見ている。シャロン政権は、パレスチナ人の意志を打ち砕き、イスラエルの占領支配に屈服させようと意図しているのである。「テロリスト」はイスラエルの戦車の隊列がやって来て彼を逮捕するのを待ってはいない。人が「テロリスト」と呼ぼうが、自由の戦士、抵抗の戦士と呼ぼうが、彼は自分のすることをよく自覚している。パレスチナ人は皆、そういうだろうし、イスラエルの彼らを逮捕するべきだという根拠のない言いがかりに対しては肩をすくめるだけであろう。

それでは、どうして侵攻するのか?侵攻をし、農園や木々という、経済の一要素を破壊することで、イスラエルはパレスチナ人の意志を挫こうとする。ベイト・ハヌンはガザ地区で最大のオレンジの収穫量を誇っていることで有名である。多くの人々がオレンジ畑からの年に一度の収入に頼って生活している。今、オレンジの収穫期が始まろうとしており、多くの農民たちはこの時を心待ちにしている。しかし残念なことに、イスラエルの戦車とブルドーザーが[ガザ地区の]境界線を越えて押し入り、木々を根こそぎにしたうえ、大きな軍用の機械でそれらを土に埋めてしまった。

ベイト・ハヌンからほんの数キロ東にある町、ベイト・ラヒーアのある農民も、同様の苦境に立たされている。彼の農園はエリ・シナイという入植地に接している。そのパレスチナ人農民は、イチジク畑を所有しており、彼はそれをとても誇りにしていた。彼はよく彼の農園がガザ地区で最良のイチジクを栽培しているのだと自慢していた。イチジクの収穫期である夏の終わりには、彼はイチジクを一つ一つ手で収穫していたものだった。結婚した長男を含め、家族全体が収入を農園からの年に一度の収穫に頼っていた。ある晩、イスラエルの戦車とブルドーザーがその農園に攻め入り、すべてのイチジクの木を台無しにしてしまった。一部の木は戦車によって土に埋められてしまって跡形もなくなってしまった。

翌日、その農民は深いショックを受けた。彼は空中に手を投げ出して言った。どうしたら木に罪が犯せるんだ?イスラエルに対して何の罪を犯したっていうんだ?彼は底知れない悲しみをもって「暗殺」された木々を見渡した。彼は「私の木が埋められたというよりも、私の人生、あるいは私自身がここに埋められてしまったように感じるよ」と言い、さらに続けて「イスラエルがいつかこの犯罪の代償を受けるよう、全能の神に祈るんだ」と言った。

イスラエルは一つの政策を持っている。しかし、それは言明されたことのないものである。その政策とは、パレスチナ人が次第に生活することをできなくするというものである。もし、そうではなく全面的な軍の展開によって政策を遂行すれば、世界の非難を招き、結果的にイスラエルにとって好ましくない事態になりかねない。もしも国際世論がイスラエルに対して厳しくなれば、たとえば国連はパレスチナへの国際保護軍を派遣せざるを得なくなるかもしれないし、イスラエルの占領の終結を真剣に要求したり、イスラエルに対する経済封鎖を要求することになるかもしれない。さらに、国際世論の一部には、人道に対する罪を犯している将軍達の逮捕を要求する声が出てくるかもしれない。イスラエルの政治家達にとってそのようなシナリオは何としてでも避けなければならない。私たちが、パレスチナ人の町への断続的で、しかしながら定期的な侵攻や攻撃のニュースを聞くのは、このような理由によるものである。そのようなニュースは、時には西岸に集中し、時にはガザ地区に集中する。2週間前、そのような状況は西岸北部のジェニンにあった。一ヶ月前には、ラファーでの73軒の家屋破壊として立ち現れた。昨日は、ベイト・ハヌンにつらい順番が回ってきた。当然の事ながら、イスラエル軍は、これらのことに対する言い訳や回答に窮することはない。もっとも簡単な、予想される答は、「テロとの戦い」である。

国際社会が機能せず、無気力なままである限り、上述のようなイスラエル政府の行動は継続するだろう。国際社会の中に「テロとの戦い」を真に受けて、実行する国があれば、それはテロと戦っているのではなく、テロを煽っているのだといえる。国際社会のすべての構成員は、現在行われている丸腰の市民に対する犯罪の共犯者であり、悪意に満ちた非合法の占領に加担しようとしているのである。

2002年2月14日、ガザ市

B.サーメド


→英語原文












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