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イスラエルによる軍事攻撃の急激なエスカレーション:
パレスチナ人はこれをイスラエルの「破産した政策」の証左だと考える
2002年2月20日(水)


今朝、2月20日午前4時頃、被占領地のパレスチナ人は、空、陸、海からの激しい軍事攻撃を受けた。結果はいつもと異なり、たった一日で多くの犠牲者が出た。15人が殺され、50人以上が負傷した。

ガザの住民が寝ていたとき、突然、大きな爆発音が街、特にその西部を揺さぶった。イスラエル軍の複数のゴムボートがアラファトの事務所のある地区の隣のガードマンの駐在所にミサイルを撃ち込んだ。同時に、ゴムボートは、アラファトの事務所のそばの海岸に接近した。事務所は水際から30メートルと離れていない。ボートは消音銃を発砲し、アラファトのガードマン4人を即座に殺害した。

ガザ市の南端からは、ネツァリーム入植地から戦車が砲撃をするたびに大きな白い閃光を見えた。F16が低空飛行して、住宅地のど真ん中にある警察訓練学校に2発のミサイルを撃ち離した。

さらに、今度はアパッチヘリコプターが街の西側の標的にミサイル攻撃を繰り返した。また、銃声も聞こえた。それは、イスラエルの砲艦からの消音銃による攻撃に対する応戦だった。パレスチナ人の警察と警備員が撃ち返したのである。

確かな情報で明らかになったことは、ゴムボートの当初の使命は、上陸をしてガードマンの駐在所−−数人のパレスチナ人が駐在している−−を攻撃するというものだったということである。しかし、殺された4人のパレスチナ人が海岸で定期チェックをしていた。あるパレスチナ人のガードマンによると、イスラエル兵がその4人に気付いたため、消音銃を撃って逃走したのだという。彼らは上陸して使命を遂行することができなかったのである。

多くの人々は、この作戦は昨晩2月19日の[パレスチナ側からの]成功した攻撃に対する報復だと考えている。パレスチナ人の戦士はラマッラー近郊に駐留しているイスラエル軍の駐在所を攻撃し、6人の兵士を殺害することに成功したのである。

西岸のラマッラーでは、とりわけアラファト議長がまさに今軟禁されている議長府の付近をイスラエルの戦闘機が爆撃した。

多くの地元の人々は、パレスチナ人が現在の戦い(インティファーダ)における戦術と戦略を変化したのだと考えている。最近、攻撃対象は被占領地のイスラエル軍と入植地に絞られている。6人の兵士を殺害した、昨日の軍駐在所への攻撃は、こうした新しい戦略の変化を物語っていると考えられる。パレスチナ人の戦士は逃走に成功した。シャロンと軍の司令官たちは、最近のパレスチナ人の大胆で見識ある軍事作戦の成功に対してどのように対処するべきかについて長時間の会議を行った。

イスラエルでは、いくつかの世論調査が示しているように、シャロンの支持率は次第に減少している。予備役兵を含む左翼からの声は、イスラエルのある主要紙が呼ぶところの、この?からの撤退を呼びかけている。

最近の軍事攻撃の激化のなかで、パレスチナ人は、この状況をシャロンが選択肢を持っていないことの証拠だと考えている。彼は、丸一年にわたって、封鎖、F16、アパッチヘリ、逮捕、戦車、砲撃などなど、毎月のように、あらたな戦術を用いてきた。しかし、どれにしても、効果は上がっていない。

一人のガザ住民は、彼の家の前庭に落ちたF16からのミサイルの破片を見せながら、次のように言った。「おそらく私の世代は平和な生活を持つことはないだろう。しかし私の子ども達が、完全な権利と主権のもとで自由と尊厳をもって、当たり前に生きるためであれば、私は犠牲を払うしあらゆる懲罰に甘んじよう。私は待つことができる。忍耐をすれば、勝利が来るはずだ。」

2002年2月20日、ガザ市

B.サーメド


→英語原文












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