前へ                 INDEX                 次へ 

ラファーへの恐ろしい攻撃      2002年1月12日(土)


この2、3日間、被占領地、とりわけガザ地区南部では、緊張と軍事攻撃がエスカレートした。

ラファの町はエジプトとガザ地区の境界に位置しており、その最悪の日々を経験している。イスラエル軍は戦車とブルドーザーを一地区に出動させ、一地区を根こそぎ消滅させてしまった。1月10日の寒い早朝、イスラエルは70軒以上の家を破壊し、数百人の人々を難民にして、寒い雨のなかに放り出した。フェンスを越えてブルドーザーと戦車が近づいてくる地響きを聞いて、住民達は、子どもを起こし、できる限りのものを外に持ち出した後、彼らは目の前で自分達の家が瓦礫になるのを目にした。

翌朝、突然家を失い、厳寒のなかに放り出され、打ちひしがれている家族を助けようと、周りの地域から、多くの人々がやってきた。今年の冬は特に寒い。昼間の平均気温は6度ぐらいである。夜にはガザ地区南部でさえ凍てつく寒さである。

今日、1月12日土曜日、私はラファに行って状況を自分で見てこようとした。残念ながら、イスラエルの戦車がラファと外界を結ぶ幹線道路を封鎖していた。戦車は車や通勤者が町に近づかないように銃砲を道路に向けていた。ガザから南に約30キロにある「ヨーロッパ病院交差点」には数台の戦車がいた。町全体が外界との接触を完全に遮断されていた。

危険を犯して、田園を通り、舗装されていない細い道を通って家に帰るラファの住民もいる。最近の強い雨のせいで、泥だらけのひどい道を車で通り抜けるのはほとんど不可能である。

また、ガザ市では今日、1月12日、イスラエルの砲艦が小さな漁港に向かってミサイルを撃った。その港は、いずれにせよ、昨年、2001年のほとんどの期間、漁に出ることを禁じられていた、たくさんの小さな漁船の母港となっている。未完成のガザ港には、比較的大きな古い船も一隻停泊していたが、今日イスラエルのミサイルによって
その船は沈められてしまった。

パレスチナ人は、イスラエル占領軍による最近の行動は、シャロン政権が何らかの和平を扱う交渉を懸命に避けようとしているということを証明するものだと信じている。地元の識者によれば、私達は、パレスチナ人とその指導者を糾弾し、告発することを目論むイスラエルによる新たな陰謀の季節の幕開けを目撃しているのだという。最近起きた、そのような目論見の大きな例として、武器搬入事件がある。路上で交わす立ち話のレベルでは、パレスチナ人は、イスラエル官僚によって描かれた、そのような物語やわざとらしい嘘に対してまったく驚いていない。

誰もが、被占領下を暮らす人々のフラストレーションを感じることができる。人々は港や道路の封鎖、家屋破壊、暗殺政策をやめさせるために世界が真剣に動き出すことを求めている。ところが、残念ながら国際社会は、武器搬入事件―24時間、日夜続く厳しい監視の中、40キロの長さしかないガザ地区から数百マイルの狭い海のなかで阻止されたという―の真偽をめぐって気をそらされているように見える。

ガザ地区の南部では今日、ラファ難民キャンプのある老女に関する短い話が広まった。彼女(の話)は、地域の人々の感情、怒りとフラストレーションをうまく要約している。この女性は、彼女の小さな裏庭でアヒルのつがいを育てていた。そのアヒルのつがいは、明らかに、戦車の砲撃によって殺されてしまった。彼女は、瓦礫の中で隣り合って死んでいる2匹のアヒルを見つけた。彼女はそれらを手に持って言った。「いつか、こんな死体を見てやりたいよ。シャロンの死体を・・・」

2002年1月12日、土曜日
ガザ地区南部、ラファにて

B.サーメド


→英語原文












  前へ                 INDEX                 次へ