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パレスチナ人とイスラエル総選挙
2003年1月30日(木)


ガザ市

イスラエルの政治の将来を決定付けることになる火曜日の午前、特に西岸地区ジェニンの町で、イスラエル占領軍が新たな攻撃を行った。報道筋によれば、イスラエル軍はジェニンの難民キャンプと市街地を同時に攻撃したとのことである。通学途中のパレスチナの若者は町の通りという通りで何台もの戦車にぶちあたり、4人のパレスチナ人が殺害され、多数の負傷者が出た。

また、パレスチナ領土を軍事地域とみなし、選挙期間中閉鎖されるべきとのイスラエル政府の公報により、ガザと西岸地区のパレスチナ全領土は、外部の世界から完全に切り離されてしまった。

パレスチナの町と村には軍による検問が押し付けられ、人と物の動きを厳しく制限している。

シャロン率いるリクード党の勝利という予想通りの選挙結果ではあったが、多くのパレスチナ人は、イスラエル有権者によるシャロン支持、シャロンの暴力政策、そしていまだ続くパレスチナの土地の占領に対し強く遺憾の念を示した。

あるパレスチナ人政治アナリストが、イスラエル有権者のシャロン支持について、次のような見解を述べた。「これは絶望の選挙だ。イスラエルの人々はまたもやシャロンにチャンスを与えようとしている。シャロンは国内の治安と経済という2つの重要問題の解決に、完全に失敗してきたというのに」。彼は続けてこう述べる。「シャロンに投票することで、イスラエル社会は人種主義社会であることが証明され、実際には南アフリカよりもさらに酷く、もっとも非人間的なアパルトヘイト制度への支持を認めることになってしまったのだ」。

ガザの町で人々は日常生活に戻るようつとめているが、先のイスラエル軍戦車による襲撃はまだ記憶に新しい。ガザに対する最大の襲撃と言われ、パレスチナ人13人が死亡、65人が負傷した、あの1月25日夜の襲撃のことだ。

ある店の店主が述べた。「シャロンはただ戦争という文字を知っているだけだ。奴は交渉する気もなければ、和平を話す気もない。だから、変化など何もない。この選挙の大勝利で、支持者はさらに占領と殺戮を続けるようシャロンを促し、奴はますます酷くなるばかりだ。だが、最悪なのは、全世界がただ傍観し、奴の犯罪行為を見逃しているということだ」。

B.サメド ガザ 2003年1月30日


→英語原文












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