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120個のサンドイッチ    2001年6月14日(木)


  今日、6月13日、CIA長官は治安問題の調整という「宿題」を終えたと推測される。 いつまで?誰が知っているのか?
  アメリカは明らかに不公平な条件をもって、イスラエル側に加担しているとパレスチナ人は考えている。 ところが、この8ヶ月間、パレスチナ人が過酷な攻撃に晒されているとき、アメ リカは座視するのみだった。 西岸ヘブロンの友人は電話で、6月2日の土曜日以来、町の住民は、まるで監獄に閉じ込められているようだと語った。 自治政府のカワスメ運輸大臣でさえ、普段アラファト議長が毎週主催する閣議に出席することができなかった。
  西岸はまるで、120個のサンドイッチーーパレスチナ住民は、被占領地全体に散らばった小さなポケットに捻じ込まれているーーのようになりつつある。

サラーム

→英語原文




ハンユニスにあるユダヤ人入植地から70メートルほどの場所で、新しい家−テントを固定するパレスチナ人の若者
2001年3月、ガザ


そこら中の壁に書かれている落書きのメッセージ
「敵シオニスト指導者へ: 我々はこれ以上待てない。ハマスによる復讐の時が近づいている。」
2001年6月10日、ガザ


前夜のイスラエルの戦車による攻撃により、瓦礫となった我が家に座る、ハンユニス難民キャンプのパレスチナ人。
2001年3月、ガザ


パレスチナの街や難民キャンプの多くの通りには、殉教精神とヒロイズムの象徴となった地元の若者の肖像と名前が描かれている。


パレスチナ人の凧。太陽に照らされ、明日に向かう地平線へと舞うパレスチナ人の夢。
2001年6月11日、ガザ






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