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安全保障の名を借りた政治    2001年6月15日(金)


 被占領地のパレスチナ人の間では、苦い失望のムードが漂っている。いわゆる「停戦」合意は、その大部分はイスラエルに都合の良い治安関連事項に限定されている。
 民衆が望んでいる最低ラインは占領の終わりである。占領の中止、統治権、囚人の釈放、生活を破壊する封鎖の完全停止、パレスチナ領からの人と物の出入りの完全な自由、エルサレム、難民といった問題を取り上げた和平交渉の開始を民衆は望んでいる。
 この紛争の核心であるこれらの重要な課題について語る国際世論は一つとしてない。EUも然り、ASEANも然り・・・。
 ここの人々は、(遥か彼方に)希望と未来を見ることを願っている。
しかしながら、いままさにこの瞬間にいたるまで、最大級のマシンガンを載せた戦車で、街や村の外で、車に乗ったり歩いているパレスチナ市民を撃とうとしているのである。
 今日、ハマスは、ガザ市のメインストリート、オマル・ムフタル通りで大きなデモを行い、テネットCIA長官が提示した不公平な条件をアラファトおよびパレスチナ人に認めさせようとする様々な国際圧力に抗議した。そして、デモ参加者は、この闘争の決定的な時期におけるパレスチナ人の民族的団結の重要性を特に強調した。

サーラム

B. サーメド

→英語原文



ガザ市の大通りの壁に書かれた絵
2001年、ガザ






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