前へ                 INDEX                 次へ 

ハンユニス難民キャンプ    2001年6月18日(月)


これら4枚の写真は6月16日、日曜日にハンユニス難民キャンプで撮ったものです。

このキャンプ、特に西端部は、たくさんの軍事拠点(人造の丘の上にある)に囲まれた入植地に接しているため、危険な地域です。それは、被占領地のなかでも最も衝突の激しい場所のひとつです。
 この日まで、子ども達は多くの危険な目に会っています。たくさんの友達や親戚が死んでいます。父親と兄弟までも殺された子どももいます。他の多くの子も、怪我をしており、その半分は恒常的な障害になっています。
 これらの写真は、若く美しい子ども達が経験していることのわずかでも伝えるために撮ったものです。彼らは、500mm、800mmの銃弾(ミサイル)に致命的に晒されているのです。
 昨日、ハンユニスのアマル付近で5人の子どもが病院に担ぎ込まれ、様々なタイプにわたる怪我の治療を受けました。彼らは軍事拠点からそれほど離れていないところでサッカーをしていただけでした。軍事拠点の前か、入植地とのボーダーにしか、サッカーのできる場所が見つからなかったのです。難民キャンプのなかでは、どんなスポーツを楽しむことも不可能です。兵士は彼らを撃ちました。一人の少年は背中を撃たれ、銃弾は首のなかで止まりました。


→英語原文



二つの国旗をあしらった凧。
パレスチナ人の子どもがパレスチナとイスラエルの旗をデザインした凧を作りました。どう思いますか?
2001年6月10日、ガザ


隣人が喜ばないような平和はない。
2001年6月10日、ガザ


勇気のあるものが、多数の信頼を得る。
2001年6月10日、ガザ


妥協に気をつけろ。いかなる妥協案にも注意を払おう。そうしないというのは、好機に対して、お金に対して、身を守ることに対して手加減をしてしまっているということだ。堅実であれ。
2001年6月10日、ガザ


真実無き平和は毒にすぎない。
2001年6月10日、ガザ






  前へ                 INDEX                 次へ