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絶望せず、大志を。    2001年6月25日(月)


  パレスチナ産業省を訪ねたとき、上記のスローガン(絶望せず、大志を。)が目に止まった。私が訪ねた相手が、5、6人の従業員が働く事務所の壁に書かれたスローガンを見るように言ったのである。そのオフィスは産業省のIT(情報産業)局に属していた。

  情報技術者のジャマルは、ドイツの大学で長年学んだ経験がある。彼はドイツ語を流暢に話し、情報技術者として高い技能を持つ。彼は私を見てこう言った。「私たちは将来のパレスチナについて大きなビジョンを持っています。私たちの夢は電子政府を創り出し、さらには電子社会を創造することです。私たちはまだこの仕事に手をつけ始めたばかりです。そして動き出しています。私たちのチームはすでに基本計画を立て、ビジョンを実現していくための、最初のシステムの構築に取りかかっています。

  そのような野心的な計画を、とりわけこのひどく困難な時期に聞くとは、驚きであった。しかし、ジャマルはインティファーダについての彼の哲学を語った。「私たちは進み続けなければなりません。この分野においては特にそうです。パレスチナ人に退路はありません。私たちはこれまであまりに多くのものを失ってきました。技術革新の波はとても重要で、この機会を失うわけにはいきません」。そして、ガザ市のITビジョン推進のためのシステムの統括本部を見せようと、熱心に勧めてくれた。それは、産業省の建物の最上階にあった。

  その設備はまだ工事中である。従業員は忙しそうに作業をしていた。女性の建築家が熱心に、彼女が設計したという、その建物の全体像を説明してくれた。別の電気技術者はIT化の高レベルの要求に見合った配線に関する彼の技術を披露してくれた。すべてのスタッフが、国家レベルとしてパレスチナで最初のIT統括本部のシステムの建設のためのチームの一員になりきっていた。チームのメンバーは様々な学歴を持つ産業省のスタッフである。彼らは、厳しい道路封鎖や日々の生活の困難にも関わらず、団結し、夢の実現を決意していた。その最上階は、新しくパレスチナIT全国協議会と名付けられた。

  女性建築家が詳しく説明をした。「この施設はまだ小さなものですが、これは始まりにすぎません。私たちはそれぞれの段階で、できることをします。この場所は、電子政府と電子社会の構築に向けた基礎として機能することになるでしょう。機が熟せば、別の場所に特別の独立した統括本部を建築することになるでしょう。今のところは、ここが出発点です。

  電気技術者が付け加えて言いました。私達はパレスチナの財務省から500万ドルの予算しか受取っていません。残りは少ない独自の財源から捻出しています。すべての技術スタッフがIT化の夢の実現に貢献しています。

  私がこれらの、夢の実現を堅く決意した若者たちに別れを告げると、ジャマルは階下まで付いて来てくれた。そして握手をしながらやさしく微笑んで、こう言った。「私はこの仕事にあなたを必要としています。私はこれをやり遂げなければなりません。この計画が実現すれば、国全体のために大きな貢献となるでしょう。これからも、連絡を取り合いましょう」。協力を申し出て、私を見る彼のまなざしの輝きに私は感動し、最大限協力するよ、と返事をしました。

  産業省の建物を離れ、青く澄んだ空を見上げた。いつになったら私たちは再びまともな生活を始めることができるのだろうと考えながら、車に向かって歩き出すと、一粒の涙が頬を伝った。

それでは。

B.サメド

2001年6月25日

→英語原文



二つの国旗をあしらった凧。
パレスチナ人の子どもがパレスチナとイスラエルの旗をデザインした凧を作りました。どう思いますか?
2001年6月10日、ガザ


隣人が喜ばないような平和はない。
2001年6月10日、ガザ


勇気のあるものが、多数の信頼を得る。
2001年6月10日、ガザ


妥協に気をつけろ。いかなる妥協案にも注意を払おう。そうしないというのは、好機に対して、お金に対して、身を守ることに対して手加減をしてしまっているということだ。堅実であれ。
2001年6月10日、ガザ






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