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ヤシン氏暗殺へのパレスチナ人の反応
2004年3月27日(日)



ガザ市: アハマド・ヤシン氏がアパッチヘリからのミサイル攻撃によって 暗殺された早朝、地元の住民は衝撃で目を覚ました。街の上空は、 怒りと抗議を示すために燃やされたタイヤの煙のために、春の陽気な 青空のかわりに、すでにどんよりと薄暗くなり始めていた。

67才の、首から下が麻痺した[ハマスの]精神的指導者ヤシンは、 自宅の近くのモスクで礼拝を終えて、朝5時に家に帰るところだった。

その道は、老人が自宅から近所のモスクに礼拝に行くのにいつも使う 道だった。数機のアパッチが彼の帰途を待ち構えて、3発のミサイルで 彼を直撃して即死させ、さらにモスクから帰るところだった9人の命をも 奪った。ヤシーンの息子2人を含む数10人が負傷した。

ニュースはあっという間に広がり、何千、何万もの人々がガザ市の基 幹病院に押し寄せた。多くの人々は開けっ広げに泣き叫び、また他 のものはひどくショックを受け、悲しみと怒りのなかで黙って立ち尽くし ていた。商店は閉められ、学校では喪に服す期間の休校が言い渡 された。ほとんどすべての広場や十字路では若者達がタイヤを燃や した。黒い煙と人々のムードは、悲しみ、怒り、もううんざりだという感 情の入り混じった空気を映し出していた。

午前10時30分、葬送の行列が始まり、何万人もの人々がヤシン と他の9人の遺体とともに歩き、行列は非常に感情的に高ぶったも のとなった。多くの人々が泣き叫んでいた。大きなスピーカーが載せ られたバンが葬列を先導し、抵抗のスローガン、そしてヤシンによる スローガンを流した。

パレスチナ人にとって、政治的な所属にかかわらず、ヤシンの殺害は パレスチナ人民全体を標的としたものだということを意味した。ハマス の創始者は、親のいない子どものための学校や生徒達の面倒を見 る教育設備、診療所などの社会的設備を創り上げたことでもよく知 られていた。

ある22歳の男性はこう言った。「ヤシン師は我々にとって父親のよう な存在だ。ヤシンの政治主張に必ずしも同意していないパレスチナ の政治党派においてでさえ、ほとんどすべての人が、この老人の[民 族内]和解と団結、理性を求める呼びかけを尊敬していた。

暗殺の日、あるパレスチナ人の政治記者はテレビでこう言った。ヤシ ンはパレスチナ人を統合する力を持っていた。生前その力を維持し 続けたうえ、彼の死はその力をさらに強いものとした。 他の者はヤシーンの死はパレスチナ民衆を団結させるだけでなく、 アラブ・イスラム世界全体の気持ちを団結させたのだと語った。

ガザで通りがかりの人と話をしてみても、誰もが、今回のシャロンの行 動について、もしそれがパレスチナ人民の不屈の決意を挫くためなの だとすれば、大きな過ちだということに同意する。

ある男性の発言は皆の思いをうまく言い表したものだった。「この暗殺 はヤシンにとって望んだものだった。彼は今や大儀のために殉じた真の 英雄となった。ヤシンは殉教者として歴史の大きな扉を開けたのだ。 このようなことを、ほとんど誰もが言っている。多くの人は、この行動を とったシャロンとその政府の愚かさに驚いている。ヤシンは多くの健康 上の問題を抱えた一人の老人だ。ガザ市内の複数の情報源によれ ば、彼の殉死は、生前にずっと待ち望んでいた夢を現実のものとした。 シャロンとイスラエルは彼を殺したのではなく、彼の願いをかなえて しまったんだ。このようにある地元のレストランの店長は語った。

地元新聞のコメントでは、この暗殺によって、2004年3月22日はヤシ ン・インティファーダと呼ばれうる、民衆蜂起の新しい段階を期する日 となるだろうと書かれている。 そして、この日は、シャロンがアル=アクサ・モスクに入いるという最初の 大きな過ちを犯した2000年9月28日に匹敵し得る日である。 9月28日といえば、3年半に渡って現在まで続いている、アル=アク サ・インティファーダとして知られるインティファーダの発火点となった日 である。

B・サーメド
2004年3月27日
ガザ市

→英語原文



ハマスの指導者ヤシンが暗殺された朝のガザ市の空
ガザ市:2004年3月22日



ガザ市の交差点の真ん中で、激しい怒りと抗議の意思を示して燃えるタイヤ
3月22日



イスラエルのアパッチヘリからの3発のミサイルによって殺されたヤシン師と他の9名の遺体を運ぶ大群衆。3月22日。


ヤシン師暗殺のニュースを聞いて、3日間の喪に服して商店はシャッターを閉めている。学校や公的機関もまた休みになった。
ガザ市:2004年3月22日




ヤシンの暗殺を聞いてガザ市の病院に駆けつけた地元住民達
3月22日



ガザ地区におけるハマスの新しい指導者、ランティシ博士は記者会見で次のように宣言した。「(この暗殺は)戦争の端緒を開いた。イスラエル人は二度と安全を享受することはないだろう。シャロンこそが本当のテロリストだ」。
ガザ市:3月25日


葬送デモの前でハマスを支持するCDや旗をかざす若者



ガザ市のヤルムーク・スタジアムでハマスによるデモに参加する子ども達。2004年3月24日



ガザ市の壁に落書きのメッセージを書くハマス支持者。「アハマド・ヤシン、あなたの体は屍となってしまったが、あなたの精神は今も我々に聖戦と犠牲への愛を教えてくれている」。
ガザ市:3月23日








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