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侵攻か侵攻否か?           2002年5月15日(水)


これは、この一週間ガザの人々を悩ませている問題です。ガザの住民の多くは、イスラエル軍が境界線近辺の兵力を増強したのを知って、4月に起こった西岸地区での虐殺の再現を恐れました。4月中テレビは、町や家や人々の生活の恐ろしい破壊の映像伝えました。最も強烈な映像はジェニンとナブルスからのもので、人々の頭と心に忘れがたい印象を植え付けるものでした。ジェニンの難民キャンプ全体が、破壊と死体、そして証拠を覆い隠すために土の下に埋められてしまいました。また何千人ものパレスチナ人の若者がイスラエル兵によって逮捕され、目隠しをされて連行されました。彼等の行方は未だに分かっていません。ガザの多くの人々は全てを恐怖と衝撃で目にしました。西岸地区で起こった悲劇を見たハーン・ユゥニスの老婦人が、泣きながら話してくれました。「私は1956年の恐怖を思い出しました。イスラエル軍が16才から60才までの全ての男性に外に出るよう命じ、その後彼等を田舎に連れていって何百人もを処刑したのです。」彼女が涙を拭くのを見て私は、私達の町にも同じ事が起こらないかと恐れました。私達はこのところひどい苦しみを被っています。全ての家庭が大切な誰かを失っているのです。

ガザの多くの家庭には、予想されるイスラエル軍の攻撃に備えて食料を買いだめしてあります。保健機関とそれに関連するNGOは、全ての町や近隣の居住地区のための緊急医療の計画を実行するために、必死に働いています。ほとんどの家庭には救急箱が備えられています。ガザの人々は、イスラエル兵が救急車や医療班が人命を救うという義務を果たす事を妨害したのを忘れられないのです。また地元のパン屋は、客が外で長い列を作っているのを見て営業時間を延長しました。

しかし今、ガザの雰囲気は少し落ち着いてきたように思われます。ここ何日かは、特にガザ市の周辺は静かで穏やかでした。ガザ地区の南のユダヤ人居留区に隣接する難民キャンプでは、住居への小規模な襲撃が行われましたが。

夜の11時以降は、ガザ市を始め町の通りはほとんど無人です。外出するような雰囲気は全くありません。一人のパレスチナ人男性が、人気のない夜の通りについて話をしてくれました。「これは罠だ。イスラエルの将軍は我々を油断させておいて、西岸地区のジェニンなどで行ったように攻撃するつもりだ」と。

実際ほとんどのパレスチナ人は、イスラエルがガザ地区への侵攻を諦めた事に疑いをも持っています。多くのパレスチナの分析者によると、シャロンがガザ地区の密集した難民キャンプに侵攻し、大きな破壊をもたらすのは確実です。多くの人は、戦争における奇襲攻撃は決定的で、これがシャロンが当分の間軍事行動を控えている理由だと考えています。

多くの若者が、特に難民キャンプでは夜間は極めて用心深くなっています。もしシャロンがガザへの侵入を考えたなら、結果は凄惨な戦いとなるでしょう。ガザ地区はおそらく世界中で最も人口密度の高い地域です。よってイスラエル軍が大規模な侵攻を行えば、悲劇的な人類の損失が引き起こされるでしょう。

占領地区下のパレスチナ人は、ジェニンやナブルスやベツレへムでのシャロンの恐ろしい戦争犯罪を、国際社会が許している事に憤慨し、落胆しています。

今のところガザ地区のパレスチナは、成り行きを見守るしかないのです。

ガザ市

2002年5月15日

B.サーメド


→英語原文





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