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サッカーの試合がガザ地区南部の前線で停戦「調停」の助けに
2002年5月19日(日)


サッカーの試合の放送が、いかにしてガザ地区南部に一時的にせよ停戦をもたらすこととなったか。

皆が口をそろえて「ここ最近でもっとも平和な夜」と述べた。5月16日木曜日、ハン・ユニス(人口20万人)の人々が戦争、戦闘から逃れられた夜のことだ。エジプト・サッカーリーグ、因縁のアル=ザルマレク対アル=アハリ戦の放送がその理由である。パレスチナ人、特にガザ地区では、この2つのエジプトチームのファンが多く存在する。

ハン・ユニスとラファはガザ南部の2大都市であり、今この瞬間にもイスラエルによる日常的な銃撃や爆撃を受けている。重装備マシンガンの銃口がユダヤ人入植地に隣接する居住地区に向けられるのは、毎夜のことだ。これらの入植地はパレスチナ人、イスラエル人の間に起こっている摩擦の主な原因となっている。(地元の人々が呼ぶところの)パレスチナ青年抵抗戦士たちは、これら違法入植地に対して不断の闘いを挑んでいる。これに対するイスラエルの報復は常に凄まじいものであり、集団への罰として、兵士たちは家屋や民間人めがけて、戦車による爆撃、マシンガンの発砲、時にはアパッチ・ヘリコプターで爆撃をしかけてくる。

試合は木曜日の夜8時30分に開始された。試合を見ようと、多くの人々が戦争で破壊された街から急いで帰宅する。ハン・ユニスの通りという通りから、人がほとんどなくいなくなってしまった。このエジプトの2チームは長年にわたって敵対関係にあり、ちょうどイングランド・プレミアリーグでのマンチェスター・ユナイテッドとリヴァプールの激烈なライバル関係のようだ。

その夜若き戦士たちは、束の間銃を休ませ、お気に入りのチームと選手たちに釘付けになった。この鍛え上げられた若者たちの多くはサッカーをするのが大好きだ。パレスチナ人の間で、サッカーはもっとも人気のあるゲームである。難民キャンプの住民たちは、戦士たちと同様、試合に夢中になった。試合の間、通りは静かで、無論、入植地と向き合う前線はさらなる静寂に包まれていた。

サッカーの試合は、非常に面白かったようだ。ファンたちは、高いレベルの技術とプレイに満足だった。勿論、そこには常に勝者と敗者が存在する。アル=ザマレクは宿敵アル=アハリに大敗を喫した。程なくして、多くの人々が結果と試合内容についてコメントを加え、熱狂的に話し始めた。

あるパレスチナ人中年男性が述べた。「ここ最近、ハン・ユニスがこれほどまで穏やかだったことはないよ。入植地から爆撃や銃撃の音が聞こえてこないのは、不思議な感じがするね」。

そこに若者が付け加える。「我がパレスチナ戦士は屈強だ。でも、彼らも時に休息が必要だと思う。きっと、今晩試合観戦をして楽めたと思うよ。彼らはみんなサッカーをするし、それにサッカーが大好きだ。戦士たちにとって、リラックスし、友人たちと楽しい時を分かち合う、いい機会だったんじゃないかな。それがたとえ、束の間だとしてもね」。

この木曜の夜以来、残念ながら街で戦闘が再開された。若き戦士たちは、彼らの街が違法入植地の暴力とその拡大の手に落ち、猛襲にさらされるのを断固として防ぐつもりだ。多くのパレスチナ人にとって、入植地、占領に抗して闘争することこそ、民族解放の一形態なのである。

ここで、ちょっとした追記を。長らく待ち望まれていた試合が、明日の晩、5月20日月曜日に放送される予定だ。2002年のエジプトリーグの覇者を決定する試合で、アル=アハリがアル=イスマイリと対決する。

そして、きっとハン・ユニスの街は、再び静寂に包まれた夜を迎えることとなるだろう。

ハン・ユニス、ガザ
2002年5月19日
B.サメド


→英語原文












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