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ガザで何が起こっているのか?
2004年10月13日(水)


ガザ市にて:

今日、10月13日は、イスラエル占領軍がジャバリア難民キャンプを爆撃して、15日目 だ。これまで、アパッチ・ヘリコプターや、戦車の砲撃で、125名が殺害された。そ の多くは一般市民だった。

ジャバリア難民キャンプは、ガザ地区北部の、最も混みあったキャンプのひとつ だ。

12万人以上のパレスチナ難民が、ここに住んでいる。誰でもはっきりと、ガザの商店 街から、アパッチ・ヘリコプターや戦車が、住民に向けて撃つ、爆撃音や連射の音を 聞くことができる。キャンプの住民は、過酷で、耐えがたく、混雑した場所に住む。 戦車の砲撃やミサイルは、無力な住民の大混乱を確実に引き起こしている。

今回の爆撃は、イスラエル軍による、おそらくこれまで最大で、致命的な攻撃のひ とつだ。爆撃当時、キャンプの中には誰も入ることができなかった。イスラエル軍 が、北の端からキャンプを包囲し、ミサイルを積んだ戦闘機が、いつでも攻撃できる よう待ち構えていたからだ。

イスラエル兵は、家の屋根先を占拠し、眼下に広がる町の人々を攻撃しようと、ス ナイパーの位置を定めた。10月6日、イスラエル軍の戦車は、9人家族を爆撃した。た くさんの子どもたちが負傷し、ひとりの赤ん坊が殺された。この場面は、地元のテレ ビ局で放映された。爆撃に遭った家族の顔は、ほこりや砂、そして血にまみれてい た。この家族の父親は、小さなブロック工場の経営者だが、深い苦悩の表情で、打ち ひしがれていた。母親は重傷を負い、ジャバリアのアラウーダ病院で手当を受けてい る。

この事件に加えて、イスラエル軍は、ガザ地区北部の入り口を封鎖してしまった。 そして、ガザ地区を、完全に3つの地域に分離した。これは、人々が完全に、土地、 海、空から隔離された、と言っても過言ではない。

また、35歳以下のパレスチナ人男性にとって、悲劇的な事態が起こっている。イス ラエル占領当局は、彼らが、海外へ渡航するのを禁止している。しかし、男性の多く は、海外の大学で学ぶ学生だ。この状況は、数ヶ月も続いている。学生たちは、自分 たちの窮状に、国際的な関心を集めるため、数週間に渡り、ガザ地区の国連事務所前 で抗議行動を行い、抗議テントを立てている。しかし、これまで何の進展もない。学 生の多くは、夜に泊り込みさえし、大学へ行くために通過を許される、一縷の望みに かけて、毎日国境沿いを行き来している。

ガザ地区では、ガザ南部から来る、労働者、学生、ビジネスマン、商人、タクシー 運転手など数千人の人々が、町から町へ通勤することができない。戦車が主要な道路 を封鎖し、通勤者が移動することができないからだ。ガザの「中央部」から来る人々 は、戦車や銃弾が待ち構える、舗装道路以外の道を探さなければならない。そのた め、人々は南側にあるビーチを歩き、ユダヤ人入植地ツィザリム(Ntizarim)近くの道 端から、イスラエル軍戦車やスナイパーが、狙い撃ちするのを避けている。しかし、 銃撃事件は常に起こる。あるとき、仕事帰りの女性がビーチを歩いていて、足を撃た れた。数人の若者は、イスラエル軍の戦車の反対側に止めてある、一番近い車まで、 彼女を30分以上かけて運ばなければならなかった。

また、ある日、人を乗せた荷車を引く馬が、銃撃された。イスラエル軍兵士は、多 くの銃弾で馬を殺害した。荷車に乗っていた人々は、頭上を飛び交う銃弾の中を、逃 げ惑わなければならなかった。馬は、出血多量で、死に掛けのまま、今のこのときま で、放置された。

危険と死に直面しながら、毎日ビーチを通行することは、学校や大学、仕事場への 通勤者にとって、大きな心配事になっている。農民は、自分たちの作物を、ビーチの 端から端まで馬車に乗せて運び、別の道に待たせてある、トラックに再び載せかえて 運ばなければならない。

10月4日月曜日、ラファで、13歳の女の子、イマーン・アルホムズさんが、学校へ 行く途中、イスラエル兵に20発の弾丸を撃たれ亡くなった。兵士は戦車で、女の子の 遺体をくぼ地に移動し、しばらくして、赤十字が遺体を引き取りに来るまで、くぼ地 にそのまま置き去りにした。

イスラエル側は、これらの作戦はテロリストを捕まえるためだと主張している。

10月11日、パレスチナの政治指導者たちは、無防備の一般市民に対する、イスラエ ルの戦争犯罪を止めさせるため、国際社会は何か行動を起こすべきだと発表した。ア ラブ連盟書記官のアムロ・ムーサ氏は、イスラエル兵が、パレスチナ人への侵略行為 を促進する合図を、大国から受けている、と述べた。ムーサ氏は、一週間前に、米国 が、国連安全保障会議で、パレスチナ人の保護、特にジャバリア難民キャンプにおけ る人々の保護と、その地域からのイスラエル軍の撤退に関する提案に対し、拒否権を 行使したことについて語っている。

B.サーメド、ガザ、04年10月13日

→英語原文




「彼女はほんの子どもだったから、銃弾は20発だけだったのだ」
パレスチナの少女、イマーン・アルホムズは、学校へ行く途中、イスラエル軍に20発 の弾丸を受けて殺害された。アラヤーム(Alayyam)紙,10月6日。


「アメリカの拒否権は、シャロン首相に、ガザでの殺害を促している」
アル・クッズ紙(Al Quds)、パレスチナで最大の発行部数。


「そこ(米国)での討論、ここ(パレスチナ)での討論」
イスラエル占領軍は、ガザのジャバリア難民キャンプで一般市民への攻撃を続けてい る。アラヤーム(Alayyam)紙、10月3日。





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