ルート 181 パレスチナ〜イスラエルの旅の断章

衝撃的にして過酷、しかし見るものを虜にする。(ル・モンド)

■ 映画紹介

2002年夏、パレスチナ人のクレイフィとイスラエル人のシヴァンの両監督は二人が生まれた故郷をともに映像でたどる旅に出る。二人がたどったのは、〈ルート181〉と名付けた架空の道だった。それは1947年、パレスチナの地を二分するために国連決議181号で定められた分割線を意味し、実際には境界になることがなかったルートである。

1948年、イスラエル建国によってパレスチナ住民の多くは追放され、このルートの大半はイスラエルの土地となった。さらに1967年、イスラエルは西岸・ガザを占領し、パレスチナ全土を手中に収めた。

分割決議案から55年後、イスラエル軍によるパレスチナへの侵攻と過酷な軍事占領が続くさなか、二人の監督はこのルートに沿って北上し、この地に住む人々の声と表情を拾っていく。そこであらわになる様々な〈境界〉に取り囲まれた生の現実と、歴史の襞が織り込まれた記憶は、今を鋭く問いかける。


【作品データ】

『ルート 181』 パレスチナイスラエル 旅の断章
Route 181 : Fragments of a Journey in Palestine-Israel

山形国際ドキュメンタリー映画祭 2005 最優秀賞受賞

■ 監督紹介

ミシェル・クレイフィ Michel Khleifi

1950年ナザレ(現イスラエル領)生まれのパレスチナ人。14歳で自動車修理工となり、70年にベルギーへ移住。ブリュッセルの芸術・スペクタクル国立高等研究所(INSAS)を卒業。80年に2人のパレスチナ人女性の生き方を描いたドキュメンタリー『豊穣な記憶』で監督デビュー。初の劇映画『ガレリアの婚礼』 (87)が87年カンヌ国際映画祭で批評家賞を受賞。その他『石の賛美歌』(90)、『三つの宝石の物語』(95)などの作品がある。


エイアル・シヴァン Eyal Sivan

1964年ハイファ(現イスラエル領)生まれのユダヤ人。エルサレムで育ち、82年レバノン戦争参戦を忌避して兵役を逃れ、85年フランスに渡る。ドキュメンタリー作家として、イスラエルの歴史と記憶、市民的不服従などのテーマを追求。パレスチナ難民キャンプを取材した初監督作品『アカバット・ジャベル 通過の生』(87)やアイヒマン裁判を独自の視点から読み直した『スペシャリスト:自覚なき殺戮者』(99)など、国際映画祭での受賞も多い。


エイアル・シヴァン監督『スペシャリスト:自覚なき殺戮者』は、日本語字幕付き DVDが発売中。2005年11月25日から期間限定で2種類の2本組パックも発売中。

  1. 『スペシャリスト』/『ニュルンベルク裁判』
  2. 『スペシャリスト』/『ジェノサイド』

また、 『スペシャリスト』に関連する書籍、『不服従を讃えて ─「スペシャリスト」アイヒマンと現代』(エイアル・シヴァン、ロニー・ブローマン/高橋哲哉・堀潤之訳、2310円、出版:産業図書)も発売中。

■ 映画評

高橋哲哉
その「断片」の一つ一つが、見る者の思考を刺激する「問題」に満ちている。
鵜飼哲
見えない境界の上に生きる人々を、その歴史的個性の深部から照らし出す。
土井敏邦
歴史的事実を証言する肉声がものすごい迫力で観る者を惹きつけていく。

(以上、「季刊『前夜』別冊『ルート181』より引用)

【マスコミ】

ル・モンド(フランス)
衝撃的にして過酷、しかし見るものを虜にする。
ル・ソワール(ベルギー)
人々の語るその一語一語によって、尋常ならざる日常というパズルが組み立てられていく。この映画には、郷愁、悲しみ、怒り、憎しみ、諦め、決意、軽蔑、希望があるが、無関心は決してない。公的な言説からは遠く離れて、現実に寄り添うこの旅日記は、ときには矛盾しさえするさまざまな感情、思索へと見る者を誘う。
ル・フィガロ(フランス)
いずれのインタビューも爆弾のような衝撃を与える。交わされる言葉はそれほどまでに混沌、あるいは憎しみの極みである。他者を尊重することなしに平和はありえないこの国の傷を証言する映画である。
リベラシオン(フランス)
観客は聞き耳を立てている、固唾をのんで、目を字幕に釘付けにされながら。そして考える。パレスチナ人とは一体誰か? ユダヤ人、ベドウィン、モロッコ系イスラエル人、あるいはイスラエル系ロシア人とは一体何者なのか? この地域の風習と訛りに馴染みのない観客にとって、それは見分けることの難しいあまりにも多くの亀裂ということになるが、一方でそれは、歴史的な暴力の上に打ち立てられたこの社会についての言説を粉々にしている。
ラ・ヴィ(フランス)
ミシェル・クレイフィによるコメント
「エイアルと私は「分離」というフィクションを否定するために仕事をしています。[パレスチナ人とイスラエル人が]各自自分の場所に引っ込んでおくべきだというフィクションに。私たちは、自分たちの個々の経験というものをひとつの物語に編みこみ、一方の歴史がもう一方の歴史によってどのように語られるのかを明らかにし、そして最後に、パレスチナ人とイスラエル人の両方を否応なく巻き込んでいる運命の全体像というものを示さなくてはならないのです」
週刊ユマニテ(フランス)
空っぽの風景、囲われた、バリケードと検問だらけの風景。涸れた眼差し、憎しみに満ちた、暗く、苦い眼差しがカメラを突き刺す。一般的な見方に抗って、二人の映画作家は北上する。「パレスチナ人とイスラエル人は戦争以外の何かをともに為せるはずだ。」それを証しするために。

翻訳協力:Nakajima san

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